彼と彼女の世界を巡るやんごとなき事情 そのいち。
今でもはっきり思い出せる。あの日は良く晴れて、でも重い鎧の隙間から吹きこんで来る風は、水面を渡ってひんやりとしていて、とても心地よい日だった。
その日は、ミレシアンたちがイメンマハ方面に出入りを許された日だった。町にミレシアンたちがあふれた日、俺は変わらず、城の門前での警備についていた。
「あの、ちょっとよろしいですか」
まだ若さを感じさせるのに、そこに秘められた響きは、歴戦を越えた戦士の落ち着きを感じさせる。俺は興味を引かれ、振り返り少女の姿を見つけた。
年のころはやはりまだ若く、20歳手前。小娘、といっていい頃合の少女。
美しい長い銀髪が、鮮やかな空色のローブにこぼれている。手にはフルートショートソード…あまり一般的でない武器は、驚くほど使い込まれ、丁寧に修理を重ねた後がみられた。ローブの襟元からのぞくのは、業物と一目で分かるレザーメイル。
「光の騎士の事をお聞きしたくて、ご領主に謁見したいのですが」
「…おまえもパラディン志願者か?」
実は、ミレシアンたちのパラディン志願者がひっきりなしに訪れて、城内の警護を預かる身としては、その謁見者の多さに嫌気がさしてきていた。
「まあ、そうなる、のかな…」
苦笑して小首をかしげ、けれどでてきた言葉は、否定ではない。
俺は、そのしぐさに戸惑っているような印象を受けた。目の前に示された答えに躊躇する、納得できないでいるような。
「…パラディン志望者が増えているから、城内に入ったら担当官に名前を告げて順番を待つように。」
とはいえ、面会希望者なら城門を通さなければならない。パラディン候補生は常に募集されている。つまり、謁見を許されているのだ。「いけ」と少女を送り出そうとして、その肩書きが眼に入る。
「『女神を救出した』だと――? 信じ難いな」
少女は一瞬きょとんとした後、こらえきれず吹き出し、笑い出した。
目の前でクスクスやられて、部下たちの目が俺に集まる。一体なぜ、笑われなければならんのだ、こっちを覗いた部下を、そしてそのまま少女を、じろっと睨み付ける。
「…いえ、お礼や感嘆ばかり言われていた身としては、かなり新鮮な反応だったので」
鮮やかな微笑み。その、ローブの色のようなさわやかな。
「全く持って御尤です、近衛隊長殿」
そのまま一礼して、空色のローブの少女は俺の脇を通っていった。
それが少女、セレンと名乗るミレシアンとの出会いだった。
沈黙が続いていた。
「……。」
「……」
「――、……。」
「……」
「………。」
雰囲気に耐えかねて、だろうか。
シンプルな事務職スーツスタイル。青いブラウスに白いスカートが清楚な感じをかもし出す。手には白いバラ――デレンたちの扱っている品だ――隣で、その白いバラを手の中でもてあましていた少女が問いかけてくる。
「……なに? アイディン隊長」
「――『なに?』だと?」
言葉に間髪いれず言い返したのは、現状に不満爆発寸前だったからだ。
言い返された少女――セレンはいつもの白い平服では無かった。トレードマークの空色のローブも身に着けてはいない。
姿が変わっても変わらない紫がかった銀髪の影から、こぼれそうな大きな瞳が、俺の声に嫌そうに細められる。
「…なんでケンカ腰かなあ…この人は…」
ケンカ腰にもなろうというものだ。
「いったい、お前たちミレシアンは…」
そう。ミレシアンたちがパラディン候補生となるべく城に詰めかけて数ヶ月後。親友であるグレッグの元に入門したミレシアンたちはその間、ほとんどすべてが修行半ばで放棄し、騎士団を去ったという。
例に漏れず、セレンも騎士団に入ったがすでに除隊している。
『……何か時折、考え込んでいるようだったが。』――グレッグに、空色のローブのミレシアンの事を聞くと、彼の脳裏にセレンのことは残っていた。修行自体は軽々とこなしていたし、内部でも特に問題があったようには思わなかったと、グレッグもぼやいていた。
そうして、一挙にイメンマハに押し寄せたミレシアンの陰はあっという間に引いた。城下は落ち着きを取り戻し、いつも通りのゆっくりとした時間が戻ってきていた・・・はずだったのだが。
なぜか俺は、またミレシアンたちから質問攻めの憂き目に会っていた。
「〜〜まったく、お前たちは何の用があってこのイメンマハに出入りする!」
セレンが肩をひょいっとすくめて複雑そうな微笑を浮かべたとき、またひとり、城門にミレシアンがやってきた。
「あのう…すみません、アイディンさん…」
「――なんだ」
こんどは鎧姿のミレシアンが、声をかけてくる。口調が厳しいのが伝わったのか、相手の顔が引きつったのが分かったが俺にも我慢の限界はある。
「…あなたの理想の外見をお聞きしたいんです」
また同じ内容の繰り返しに、俺は本当に嫌気を催しながらいつも繰り返す文言を伝える。
すると、相手もまた同じように聞き返してくる。
「それって、セレンさんみたいな?」
ちらっと、言われてセレン自身を見ると、早くしろといわんばかりに、あごでしゃくって返答を促してくる。あまり行儀のいいしぐさではない。
こんなやり取りに、いったい何があるというのだろう。
セレンは、そういわれるためだけにバラを手にして、洋服を調え、隣で立ちんぼしているのだ。
「――いい加減違う、といいたいところだが。…まあ、このセレンも間違いではなさそうだな」
相手がメモにしていただいていいですか、と言ってきたので、適当な紙に書き付けて渡してやる。相手はメモを受け取ると、満面の笑みでセレンにも会釈してその場を去っていった。
「――間違いではなさそうだなって、どーゆーいいぐさよ」
去っていくミレシアンの背中を見送った後、すごい勢いで振り向いてセレンが問いかけてくる。
「事実を言ったまでだ。確かに理想の条件を満たしているが、日中、働きもせずぼーーっとしている奴は理想ではないんだ。」
「――ッ、あたしだって、別に暇なわけじゃないわよ!」
「ほう? 俺の横で突っ立っているだけのくせにか?」
「だ――ッ、このっ、このぉぉおおお」
辛抱ならん、ぶち切れたとばかりに、セレンは顔を真っ赤にして肩を振るわせた。
そして城下に響き渡る大声でこう言い放ったのだ。
「ロリコン!!! 20歳以下の娘限定とか言ってるくせにッ、あんた自分の年考えなさいよッ。このロリコンッ。言って良い事と悪い事があるわよッ!!!!」
以降、城下のどこに行っても俺はひそひそと住民にささやかれることになった…。
G3完結記念。確実に20歳以上かと思える隊長さんが20歳以下希望ってどーなのあーたw